1.                        礼拝のご案内

 

  4月14日(日) 10:30~  受難節第六主日礼拝

説教題  「信頼の人」(詩編31章10~17節)
 信頼とは、相手を信じ頼ることです。けれども、わたしたちが生きている社会では、その信頼がとても難しいものになっているように思えます。最初から疑ってかかることが賢いことと言われます。それほどわたしたちは、恐れを抱えて生きているのでしょう。しかし、信頼をもつことなしに、自分の人生や世界を深く知ることはできません。

 

 4月21日(日) 10:30~ イースター(復活祭)礼拝/大人・子ども合同礼拝

説教題  「主の復活を宣べ伝えよう」(コリントの信徒への手紙一15章1~11節)
 イースターは教会が最も大切にしている祝祭です。「主は復活なさった!」、この知らせが教会を誕生させたのであって、教会がこの知らせを選び取ったのではありません。それゆえ、教会は主の復活を宣べ伝えます。それは死んでいた人間に命を与える神の救いだからです。死が命に飲み込まれた出来事、終わりが初めとなる時です。

 

 4月28日(日) 10:30~

説教題  「息あるものはこぞって」(詩編150編1~6節)

 呼吸は、わたしたちが生きていることを示す目に見えるしるしです。そして、わたしたちの命が自分以外のものに依存していることを思い出させるものです。重荷を背負って呼吸が浅くなったり、息の詰まりそうな毎日を何とかこなしているわたしたちです。深く呼吸をし、命の息を吹き入れられて生きる者でありたいと思います。

    教会は初めてという方も歓迎いたします

 

 

<造られたもの>という自覚

 

 聖書は、わたしたち人間とこの世界が神によって<造られたもの>であると告げています。しかも、造られた世界とその中の命はすべて極めて良いものであると、強調しています。

 

 “創造”とよばれる聖書の世界観・人間観は、科学的な見地に基づく“進化”という考え方とたびたび対立するものとして考えられてきました。けれども、一方を選び取り、他方を捨て去るというあり方は、まことに不幸なことと言わざるをえません。なぜなら、創造と進化というとらえ方は、わたしたちが自分自身や世界を理解する上で、本来補い合うものだからです。


 「自分はどのようにして生まれてきたのか」、「自分はなぜ今こうなのか」。進化という考え方の土台にある科学は、こうした「どのようにして」や「なぜ」に対する答えを提供してくれるものです。しかしながら、自分が生まれてきた意味や生きる目的について、科学は答えるものではありません。


  これに対し、人間や世界を<造られたもの>と見るとらえ方は、わたしたちに生きる意味や目的を与えますし、世界を委ねられていることへの責任をわたしたちの内に呼び覚まします。今ある状況を説明し、その原因を突きとめることは大切です。しかし、すべてのことが説明可能になり、あらゆることの原因が解明されるとしても、人間は生きていくことはできないでしょう。意味や目的、希望を、人間は必要とするからです。


 <造られたもの>という自覚は、わたしたちを悔い改めることや幻を見ることへと導きます。それはまた、重くのしかかる過去からわたしたちを解き放つのです。
 

                                                                                                                 (牧師 藤井和弘)
 

 

 

 

 

★新着情報★

 

〇特別伝道講演会

  630()13:00

  講師 佐藤優(作家)

 講演「日本論とキリスト教

   -これからの世界と日本」

 

 

 

 

 

 


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