1.                        礼拝のご案内

   6月2日(日)  10:30~  

説教題  「主は天に入られた!(詩編97:1-12)
 私たちは人生の終わりをどのように迎えるのでしょうか。“安らかに”というにはほど遠く、“完成”と呼ぶにはあっけない幕切れになるのかもしれません。しかし、私たちがどこにいようと喜び祝うことができると言われています。

 

       6月9日(日) 10:30~   ペンテコステ(聖霊降臨祭)礼拝

説教題  「信頼の旅」(ローマの信徒への手紙8章14~17節)
 普段はまっすぐ歩いているように見えても、誰かの顔色をうかがったり、自分の殻に閉じこもろうとする私たちです。でも、私たちは奴隷ではありません。神の霊が注がれるところで、自由と信頼の内に生きる者にされています。

         6月16日(日) 10:30~

 説教題  「新しい歌は尽きない」(詩編96編1~13節)

 

 この世界が聞き慣れている“新しい歌”とは、対立を告げる歌であり、誰が富を手にし、誰が命を落としたのかといった歌です。しかし、その中にあって、造られたすべてのものが声を合わせる歌がうたい継がれてきました。

 

       6月23日(日) 10:30~

 説教題  「教会を信じ切る」(ガラテヤの信徒への手紙1章11~24節)

 

 教会も問題を抱え、破れを経験します。しかし、自分の生涯のすべてをかけて信じるに値するところが教会です。「自分たちは正しく、間違いを犯さない」と言う教会は、教会であることを本当に理解してはいないでしょう。

 

6月30日(日) 10:30~

 説教題  「なぜあなたらしくないのか」(エレミヤ書31章15~20節)

 

 “自分らしさ”とは何でしょう。普段よく口にするものでありながら、突きつめて考えると、実は曖昧なものではないでしょうか。「なぜあなたらしくないのか」。それは私たちそれぞれの自分らしさを知る方の声です。

 

    教会は初めてという方も歓迎いたします

 

 

膨れ上がる魂

 

 新緑の季節となりました。「薫風かおる五月」といわれるほど、今の時期に吹く風はさわやかで、わたしたちの気分を心地よいものにしてくれます。

 古代イスラエルの人々は、“ルーアハ”という一つの言葉に、「風」、「息」、「霊」という意味を込めました。彼らが薫風のことを知っていたかどうかはわかりませんが、何処からともなく吹いてくる風の中に、人を新しく生かす命の息吹を感じ取っていたのでしょう。
 そうしたことを想うとき、今の世界に吹き荒れている風はどんなものかと考えさせられます。いたずらに対立を煽る言動、問題の深刻さに無関心を装う態度、目先の成功や見栄えの良さだけを追い求めてやまない価値観…。そこから見えてくるのは、驕り高ぶった人間の心の風景ではないでしょうか。

  人間の高ぶりについて、聖書は、次々と風を送られて膨れ上がる様子にたとえています。<高ぶり>の語源をたどっていくと、火を起こしたり、火力を強めるために風を送る「鞴」(ふいご)に行き着きます。自分の内にある尺度や物差しを絶対化し、己の限界や謙虚さを忘れた人間の魂は、実は空虚な風によってパンパンに膨れ上がっているのでしょう。
 ちなみに聖書は、この世界に諸々の霊(風)が存在していると見ています。「汚れた霊」、「惑わす霊」、「臆病の霊」、「奴隷の霊」、「憎しみの霊」などです。
どんな人間や社会であっても、時代の霊にさらされています。妬み、復讐、貪欲、悪意の霊。風はどんな隙間からも入り込んできます。
自分の心に、今どんな風が吹いているのかを、わたしたちは立ち止まって考える必要があるように思います。
 

                                                                                                                 (牧師 藤井和弘)
 

 

 

 

 

★新着情報★

 

〇特別伝道講演会

  630()13:00

  講師 佐藤優

(作家・元外務省主任分析官)

 講演「日本論とキリスト教

   -これからの世界と日本」

 

 駐車場はありません。

 

 

 

 


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