礼拝のご案内

 

 2月3日(日) 10:30~    

説教題  「人生の深みへ」(ルカによる福音書5章1~11節)
 「人生とはこんなもの」と思った時点で、さらなる深みへと足を踏み入れることはないでしょう。しかし、私たちに向かって「深みへと漕ぎ出しなさい」と呼びかける声があります。それはこの世界を取り戻そうとなさる方の声です。

  

 2月10日(日) 10:30~

説教題  「福音からの挑戦」(ルカによる福音書6章17~26節)
 「福音を信じよ」とイエスは呼びかけられます。確かにそれは“良い知らせ”です。でも、もうひと言付け加えるなら、福音とは世界がひっくり返るような出来事なのです。福音は耳に心地よいだけではありません。聞く者を不愉快にさえします。しかし、これを悟った人を躍り上がらせるのです。

 

 2月17日(日) 10:30~ 

説教題  「私たちを変える旅」(ルカによる福音書6章27~38節)
 自分に異質な生活を受け容れるのは簡単なことではありません。でも、旅に出かけたとき、私たちは日常と異なる旅先の生活に違和感を抱くことはありませんし、むしろ、その生活に興味を示したり、心引かれたりします。そこに、いつものとは違う自分を見いだすのではないでしょうか。

 

 2月24日(日) 10:30~

説教題  「弟子修行」(ルカによる福音書6章39~49節)
 弟子や修行という言葉は今では珍しくなりました。これまで私たちは何からも自由で独立した人間像を追い求めてきました。しかし、特定の状況や関係に影響されない人間などいません。自由で独立した人間とは、結局、大勢に順応する孤立した個人であることが明らかになっています。

 

 教会は初めてという方も歓迎いたします

 

 

わからないでいることのすばらしさ

 

 大学の講義で、各国の世論調査を比較すると、「わからない」と回答する割合が日本は高いという話を聞いたことがあります。そこで大学の先生が言うには、日本人はもっ
と自分の頭で考え、自分の意見を持たなければならないということでした。
 確かに、自分では深く考えようとせず、その時々の成り行きに身を任せようとする日和見の態度は問題と言えるでしょう。その一方で、どんなことにも賛成か反対かを表明したり、すべてをそのような場にしてしまうことも問題であるように思います。
 私たちが生きている世界は今、ネットの影響を色濃く受けることにより、“あれか、これか”の二分法ですべてを語り尽してしまう傾向にあります。単純明快な主張がもてはやされ、それがひとたび口に
されれば、異なる意見には一切耳を貸そうとせず、内輪ではますます固まる一方で、外に対しては嫌悪に満ちた言葉を浴びせ続けるようになっています。しかし、そのような態度というのは、たとえそれがどんなに世の中を席巻しているとしても、実は深い根をもたない大木のように見えます。なぜなら、世界の現実やそこに生きている自分自身の存在に対しても、あまりに軽く扱おうとする姿が見え隠れしているからです。

 世界の現実も私たち自身が生きていることも、○か✖といった短い言葉で本当に言い表せるものなのでしょうか。むしろ、今わからないことはわからないままにしておくことも大切です。そこには、容易に言い表すことのできない人生の神秘が隠されているからです。そして、それについて絶えず思い巡らそうとする祈りの姿勢を見る思いがします。 

                                                                                                                 (牧師 藤井和弘)
 

 

 

 

 

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