4月1日(日) 10:30~イースター(復活祭)

礼拝説教題「今日こそ喜びの日」(ヨハネによる福音書20章1~18節)

 キリストの復活によって、何事も昔と同じであり続けることはできなくなりました。イースターは、私たちがこれまで妥協してきたこと、変わり得ないと考えてきたことすべてに終わりがもたらされた日です。そこに喜びがあります。

 

4月8日(日) 10:30~

説教題  「復活の主と出会う」(ヨハネによる福音書20章19~31節)

教会を生み出し、世界に広げていったのは、イエスの教えや模範、その崇高な死ではなく、「イエスは生きておられる!」とのニュースでした。そのニュースは今も、人の心を揺り動かし、その顔を輝かせるものです。

 

4月15日(日) 10:30~

説教題「証人の列に加わる」(ルカによる福音書24章36~48節)

 どのような人生も、他の人々の前に“何か”を表しています。人間は、何かの「証人」として生きることを定められているのかもしれません。そうであるなら、誰かを励まし、希望の道しるべとなるような生き方をしたいものです。

 

4月22日(日) 10:30~

説教題「愛は縛られていない」(ヨハネによる福音書10章11~18節)

 愛することに条件や限定があるとすれば、それは本当の愛ではないのでしょう。誰もがそのことに気づいています。自分の愛の姿がそこにあるからです。しかし、「わたしはあなたのために命を捨てる」と言う方がおられます。

 

4月29日(日) 10:30~

説教題  「弱さの中で結ぶ実」(ヨハネによる福音書15章1~8節)

 “成功”と“実りの多さ”とは似て非なるものです。成功は、努力や強さによってもたらされます。しかし実りは、弱さと愛によってもたらされます。そして、人生に真の喜びをもたらすのは、成功ではなく、実りです。

 

 

 

 

起きて、立ち上がれ!

 

 “実はクリスマスよりも大事!?”先日、ある製菓会社のホームページを開きましたら、このような言葉が目に飛び込んできました。どうやらイースター(復活祭)の「楽しみ方」を紹介しようというものでした。キリスト教において、イースターがクリスマス(降誕祭)よりも大事というのは、本当のことです。聖書には次のように書かれている箇所があります。「キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、…わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です」。しかし、多くの人たちはキリストの死(十字架)を目撃しましたが、その復活を見た人は誰もいません。加えて聖書には、復活そのものの描写は出てこないのです。このことが意味するのは、歴史の中に一度だけ起きた復活の出来事を、何の証明もないまま耳にしなければならないということです。そして、実にそのようなことの上に、キリスト教は成り立っているのです。聖書は、「起こす」「立ち上がらせる」というごく普通の言葉で復活を言い表します。そこで大切なのは、自分の内にもともと備わっている力ではなく、外から与えられる力によって「起き上がらせられ」、「立ち上がらせられる」ということです(くどい言い方ですが)。このことは、私たちが死んだ後のことにかかわるだけでなく、私たちの「いま・ここに」もかかわることです。イースターは、私たち人間の生の中心、目的が新しい命であり、古い自分から立ち上がる新生の恵みの経験であることを教えるものです。

 

(牧師 藤井和弘)

 

★新着情報★

 ・5月13日(日)

     午前10時30分

 大人・子ども合同礼拝
 説教「ことばの贈り物」


・6月17日(日)午後1時
 日曜学校ホームカミング

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